夕方、都内のホテルでパーティ
に出席するため、近所のブティックで数日前に買ったばかりの夏物のワンピースを着て、小さな小さなダイヤが散りばめられたネックレスをつけ身支度していた。
アクセサリー
大好き
娘がすかさず!「かわいい
」とまとわりつく。
20代前半フリーライターという名のフリーター時代にした数多くのアルバイトをしたひとつに宝石販売というものがあった。結局その
バイト代すべてすっとばして給料日に買ってしまったのが今日のネックレス
決して高価なものではない。
4歳にして、我が娘のアクセサリー好き。思い当たる節がある。10代半ば頃から20代前半くらいまでは、私もアクセサリーが大好きでイヤリングやネックレスの類をたくさん持っていた。しかし20歳頃から、突然体質変化が起きて、
金属アレルギー(しかも18Kかプラチナ以外アレルギーが出るというなんとも贅沢な身体になり……買えない……
)になってしまい、今では腕時計もできなくなってしまった[:がく〜:]
そんなアクセサリー好きな頃、20歳の誕生日に、母が高島屋に行こうという。
ファッションにはうとく、質素な母。
子どもの頃からトランプ以外のおもちゃは家になかったし、欲しいと行っても買ってくれなかった。バンドをやってる頃も、欲しい物は自分で買えと、楽器もすべて自分でアルバイトしてローンで購入していた。
そんな母が、そのとき宝石売り場に直行。「これがいいわね」と、ダイヤとパールののった、とっても高価な
指輪
を買ってくれた。
当時の私がその指輪をすると、指輪が歩いているのか?水商売の人か?というくらい似合わないというか、浮いてしまう代物。そのとき母が言った。
「本物の似合う女性になるといいね……」
母の娘時代は、とにかく物もなく、貧乏だった。こういうものを娘に、そして娘がまたおばあちゃんからだよって、孫娘に……と受け継がれていったらどんなに幸せか……と
ああ、私も早く結婚して、絶対に娘を生みたい。そう思った。
いつかこの指輪が似合う女性になるときに……そう思ってずっとしまい込んでいた。ようやく身につけてもよいかな……という年代になった頃、自宅に泥棒が入り、以来、指輪も見当たらない。
そのときもかなりショック
だったし、今もあの指輪があったら、娘がどんなに喜ぶだろう……と思う。
私に限らず、ジュエリーには、皆、何かしら思い出があると思います。
でも、姿形はなくなってしまったけど、あの日の思い出は今も、心にいつまでも残っているものです。